聞きたい!この人のお話

2005年にロンドンでうまれ、今や世界70都市近くの拠点を持つネットワークとなったImpact Hub。2013年にDojo for Changeをコンセプトに誕生したImpact Hub Kyotoにも様々な活動に携わる人々が集っています。

『聞きたい!この人のお話』では、縁あってこの“道場”に引き寄せられた多様なメンバーの活動や描き出そうとしている未来の展望を紹介していきます。


聞きたい!この人のお話 vol.8 〜原田岳さん(株式会社DADA)

コミュニティハウス「アオイエ」を運営する株式会社DADAの執行役員Chief Community Officer 兼 関西統括として多忙な日々を送る原田岳さん。アオイエに加えて、オンラインサロン「MOSH」、社会課題に向き合う学生団体を対象とした応援型コンペティション「NEW AGE KYOTO」など様々な活動も立ち上げてきました。多彩な活動に共通するのは、「誰もが挑戦できる社会を作りたい」という想い。京都に強い可能性を感じると語る彼に、現在の取り組みとその中で感じることを話していただきました。  … More

『聞きたい!この人のお話』vol.7 〜 加瀬弘子さん

英会話教室「ROOM English」の加瀬弘子さんは、主に社会人の初心者を対象としたプライベートレッスンを提供するほか、昨年からはスマホアプリを用いた「スマホで音声交換日記」というユニークなサービスも開始。いつもにこやかな加瀬さんに、現在の活動についてお伺いしました。… More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.6 ~ 江口紀文さん

アパレルを中心に、様々なプロジェクトに参画されている江口さん。この度、その一つのブランド『tadas』がオープンしました! そのtadasについての話を聞きながら、マルチタスキングに対する考え方やお仕事に対する情熱、そして普段大切にされている想いを伺いました。 この度は『tadas』オープンおめでとうございます!このブランドに関わった経緯を教えてください。 全ての始まりは、実はImpact Hub Kyotoからなんです。 私は元々3つの組織に携わっていました。私が代表を務めてアパレル小売のコンサルティングを行う『null』、ヒューマンフォーラム、SPINNSです。それに加え、アパレル会社へ通販コンサルも行なっています。 https://www.nullkyoto.net/ 「null」 http://www.humanforum.co.jp/ 「ヒューマンフォーラム」 https://tadas.theshop.jp/ 「tadas」 http://www.spinns.com/ 「SPINNS」 一番注力している「null」関連の案件でいろいろ声をかけてもらっているのが現状ですが、その中で昨年Impact Hub KyotoでのIoTサロンに参加した際にお会いした堀江さんと仲良くなりました。そのご友人が立ち上げを予定しているプロジェクトの話を聞き、一度会ってみようと思ったことがきっかけです。立ち上げの場所が私の出身地である富山県であることも何かの縁を感じました。そうして現tadas代表、株式会社オズリンクスの原井さんと会うことになりました。 原井さんの印象は、とても熱意のある方だということです。「地域の人を雇って使われなくなった着物を扱う事業」というコンセプトは決まっており、私のこれまでの経験を元にそれを形にしていくことが私に求められていることでした。現地も視察して本格的に参画したのが今年1月初旬ですね。 基本的には原井さんからのアイデアや要望を利益や数量など数字、仕組みで詳細を詰める、という細かい部分で仕事を進めるという具合でした。 アパレル業界に携わるきっかけは何ですか? 古着がすごく好きだったんです。古着が好きで会社に入ったんですが、特にアパレル業界はトレンドを見極めながらその波を掴む必要があります。生き残るためにいつも必死に考えることを繰り返すうちに、いつしか数字を見るようになりました。数字を見るようになると仕組みを考えるようになるんです。元々プログラマーもやっていて、しっかりした仕組みがないと淘汰されていく会社を何社もみてきたという経験もあり、そういう面も含めて、「好きなこと」と「仕組み」の両方を見る経験できたのがよかったかなと今では思っています。 仕事をする上で大切にしている考え方は何ですか? 『長く付き合いたい』これに尽きますね。 これはヒューマンフォーラムで学んだ教えでもありますが、長く付き合うためには、周りの仲間がちゃんと幸せか、お客さんと取引先がちゃんと幸せか、家族がちゃんと幸せか、をきちんと見ることが大事です。そしてあとは「未来があるか」ということ。時間軸で見て10年後・20年後もちゃんと幸せかどうか、社会性があるかという点は常に考えますね。 今回の「tadas」の件にしても、例えばコスト面を考慮して中国で製造してすごい利益を出したとしても、やはりそこに未来は感じませんが、地元地域にきちんとお金が落ちて経済が回るという部分に未来を感じました。原井さんが元々ある価値をクローズアップしたいというパワーをすごく持っていて、そこに共感しました。「tadas」の想いとして八尾の町全体を活性化したいということで、例えば縫い子さんの技術を最大限活用しています。昔は裁縫ができない人は嫁ぐ際に裁縫教室に行ったという文化がありましたが今はなくなってしまいました。ただ裁縫教室の先生をやっていた人の腕は感服するものがあります。本当に上手なんですよ!すごい技術はあるのに手を余らせている状況だったのですが、これはいいなと直感しました。 現実的な部分も含めて永続的にやっていけるのかということは常に念頭に置いて、いつもかなり自問自答します。 生まれ育った地元に戻ることに関してはいかがでしたか? 地元愛はやっぱりありますし、自分が長男というのもありいつか帰らなきゃと、そしていつか地元で仕事したいなと思ってはいました。特に新しいことをリリースする仕事で地元に貢献できるのは嬉しいですしとても喜ばれます。 自分のルーツもやはり富山や北陸にあると思っています。日本海側って雲がすごく厚くて、普段は昼間も電気をつけていたイメージがあるくらい暗いんですよ。さらに周りには山があり海がありまるで閉じ込められている感じがするんですよね。僕は音楽が好きで特にUKロックが好きなんですが、考えて見るとイギリスの気候は北陸とよく似ているのがそう思わせたのかなと思うんです。そういうことを鑑みると僕のルーツはやはりそこにあると思っています。 今の社会に対して思うところや情熱を持っていることはありますか? ”楽しいこと”ってそれぞれいろいろな形があると思っていますが、いろいろなものを組み合わせていろいろな楽しい形を作っていきたいですね。世の中にクローズアップされている、例えばフェスなどはそれ自体は素晴らしいことですが、それを楽しめない人もいると思っています。北陸は内向的というかバーっといくタイプではないんですが、逆に北陸の人、そういう気質の人から逆に発信するというのはそう意味では面白いかもしれない。そういう内向的な人とか僕みたいな人がちゃんと仕事してるっていうのを前面にみせていくのも例えば面白いのかなと思っています。 ”もっとシンプルに、本質を見直すこと”も今の時代において大事なのかなとも思います。僕の会社名の「null」は本来ゼロという意味ですが、あれはゼロじゃないんですよ。ゼロというのはゼロという情報があるので、「null」自体は何もない”無”を表しています。世の中にはアイデアを形にできる人もいるし、アイデアだけの人もいます。特にアイデアはあって形が作れない人に関していうと、もっと昔は単純だったなとつくづく思うんです。モノが作りたいとなったらパッと作れて、そのモノが売れたんです。それに比べて今はモノを売る際にマーケティングもしないといけないなど、形にする前に情熱が失われる機会がたくさんあると思うんです。すごい料理が上手だからふるまって稼ごうというような単純だったものが、みんなやってるからカッコいいホームページを作って、キレイな写真の撮り方を考えて、結局本質の「おいしい料理を届けること」ができなくなっている世の中に、何も考えずにそのまま表現できるようなお手伝いがしたいと思っています。 実は私はDJもやっています。DJはロックだけとかヒップホップだけなど、大抵好きなジャンルがあってそれぞれプレイするスタイルが違うんですよ。でも私はどんな曲でもかけられるんですよね。というよりも、特にこだわりがなくて、いつもお客さんを見ながらやっています。実はそれがコンプレックスだった時があって、「自分がないんじゃないか」と考えた時期もありました。ミーティングでも人の意見によって自分の意見が変わることも多々ありましたしね。でも今はやっと「それも個性じゃん、それも悪くないな」と思えるようになりました。そういう意味でも、自分の個性は様々なルーツで作られているんだから、いろんな意味合いがあっていいんじゃないかと思うようになりましたね。 今は何もかもが複雑になり過ぎているように思います。例えば服屋さんに関して言えば、本当は可愛いものやときめくものを仕入れて、「可愛いでしょ」っていうだけでいいんじゃないかなって。売り方を考え出すと夢がないなと思ってしまいます。僕は「愛」と「未来」をキーワードに、10年・20年先を見据えてシンプルにいいものを手伝ういうスタイルでこれからもやっていきたいですね。 最後に 家族には本当に感謝しています。「本当にありがとう」と感謝を示すことが難しかった時期もありましたが、そうなると心の安定がないので仕事もうまく回らなくなっていったんですよね。でも昨年は独立するかしないで悩んだ年で、やはり家族とも向き合って自分が思っている胸の内を包み隠さず伝えました。家族がそれを応援してくれたことは私のパワーにつながりましたね。この歳になって家庭はやっぱり大事だなって再認識した瞬間でした。それはもちろん親に対してもそうです。家族は私にとって頑張れる原動力です。 取材/記事:久保田啓介… More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.5 ~ 松居佑典さん

牛肉も、豚肉も、鶏肉も、そして昆虫肉も。 これが『BugMo』の由来です。「昆虫肉を普段の食の選択肢に入れてもらい、これから先100年続く豊かな食文化を残したい」との想いを胸に今尚突き進むImpact Hub Kyotoメンバー会員の松居佑典さんに、BugMo創業に至るまでのお話を伺いました。 ==================== 『BugMo』を一文で表すと何ですか? 昆虫由来のタンパク質の養殖システム開発および生産です。   主な商品は何ですか? コオロギの肉を使ったプロテインバーがメイン商品です。 昆虫を食べることには皆さんはなかなか慣れていないので、よりクリアな需要にマッチングさせる必要があると感じました。コオロギなどの昆虫における栄養素的な機能といえば、「低脂質・高タンパク」という点なんですよね。そこで低脂質で高タンパク、つまり良質なタンパク質の需要がある市場を考えた時に、アスリートや体を鍛えている方などボディーメイキングをする方々だと思い至りました。   アスリートはトップターゲットなのでしょうか? そうですね。ただし、アスリートに限っているわけではありません。私たちが対象としているのは、ワークアウトによる筋肥大のためのプロテイン摂取を目的とする方々ではなく、日々のフィットネスやワークアウトを通して日々をより充実させたい方々なんです。   昆虫食に目を向けられた動機はどのようなものだったのでしょうか? 「開眼期」 これは私にとって出発点なのですが、私が大学4回生の春に体調を崩して大学を1年休学しています。それまでは法学部に所属していてフットサルサークルのキャプテンもしていました。法学部なので当時は「普通に弁護士になってそのために働きたい」というふわふわした人生を送っていましたが、体を壊したことをきっかけにその後1年間引きこもってしまいました。それまでは法律を学び権利で人や人権を守ることを考えていましたが、自分の体を壊し学校に通えなくなったことで初めて自分の健康の大切さに気付き、人は体が元気でなければ人のために何もできない、そもそも人は健康じゃないと何もできない、自分の夢さえも叶えられないことに気付かされました。そして至った結論が、4回生まで通った大学の中退でした。当時はほぼ単位を取り終えており残すところは卒業のみだったのですが、それでもこれ以上法学部で学ぶ意義がわからなくなってしまったんです。   体を壊した原因は食生活にありました。その後1年間をかけて本気で食生活を叩き直したおかげで、今ではコンビニのご飯が食べられなくなりましたね。その経験を通して良いものと悪いものを体が判断できるようになったことはよかったですが、当時は周りのみんなが一流企業に就職していく中で自分が人生の最後尾に置いていかれたような気になり、精神的にもきつかったことを覚えています。ただそうやってもがいた1年間で自分の体や食生活を見つめ直す中で農業や食、環境にすごく関心が出てきました。それなら海外の大学で一回環境学の視点で学んでみようと思い立ち、ニュージーランド・オークランドの大学に行きました。そこで学んだことはとても多かったですね。   「放浪期」 ニュージーランドから日本へ帰国して就職活動する前にタイやカンボジアへ立ち寄り数ヶ月間放浪の旅をしました。東南アジアではカシューナッツ栽培が盛んですが、工場という加工工程を持たないために漆科であるカシューナッツの採取に手がかぶれてしまう現地の方の姿、それに対してサポートを一切しない国、またバイヤーに買い叩かれている現状に対し強い憤りを感じた旅となりましたね。 帰国してからはしばらく日本の電機メーカーで働いていましたが、食や農業に携わりたいという想いは日に日に強くなっていたところで、当時の放浪中にみた光景を思い出しました。それに加えて男社会である電機メーカーでの従業員の食生活の悪さも目の当たりにし、そのような社会人に対してもっとヘルシーな食事があってもいいなという思いも加わり、東南アジアの現地の人に加工工程を与えることができ且つ私たち側からは高品質でヘルシーなスナックとしてカシューナッツを日本人に享受できるとの考えに至りました。思い立てばすぐ行動、ということですぐさまリサーチのためにカンボジアにリサーチに行きました。初めは昆虫を養殖魚の餌にするか人間に提供するかを迷っていました。カンボジアでは魚の養殖が盛んになってきてはいましたが、天然の方が良く養殖の魚は体に良くないという思想は根強く残っていたため、昆虫肉からなる高品質なタンパク質を養殖魚に摂取させることをまずは念頭に置いてリサーチを始めました。   「追い剥ぎ、のち人の優しさ」 実は私、カンボジアで強盗に襲われて身ぐるみ剥がされるという経験をしているんです。リサーチ中に不用意に色々な人に声をかけてしまったことから、良からぬ人に閉じ込められて物を差し出すよう迫られました。カードもお金も全て盗られてしまい一銭もなくなったのですが、それでも現地には助けてくれる人がいたんですよね。彼らは僕を家に泊めてくれてご飯まで食べさせてくれたんです。それどころか甕の中に残してあったごちそうの天然魚を私に食べさせてくれるんですよ。さらには「ゆうすけ、今日は高級なアリが取れたぞ!」と言ってご飯にもかけてくれるんですよ!これまでもちろんアジア諸国で昆虫を食べる文化は知っていましたがこれまで食べたことがなかったにも関わらず、そこではそのアリを食べたんですよね。彼らが私のことを本当に思ってくれて、貴重な天然魚と高級なアリを出してくれる。その優しさに心から感謝と感動を感じるとともに、その昆虫食のある文化がいいなとそのとき素直に思いました。 そしてそこから、人に向けた昆虫肉の提供に進むことになるわけです。   松居さんが事業を通して大事にしている想いは何ですか? 体を壊した経験があるからこそ、自分のテーマとして「自分の体も未来も自分でデザインできる」ことに対してものすごく欲望があると思うんですよ。それがまさに今の事業の原点ですね。   現在、日本では牛や豚など牧畜の餌の80%を輸入に依存しています。そしてその餌を世界中が取り合っているのが現状です。要するに、明日私たちの食卓に同じ肉が同じ値段で上がる保証はどこにもないということが言えます。それにも関わらず自分の健康さえ他の要因に影響を及ぼされていることに私はすごく憤りを感じています。また一方で発展途上国の方々も先進国の畜産の飼料を作るために土地を買い抑えられており、先進国のために大豆やコーンなどを作らされている、そしてその横では食糧不足や水不足に苦しんでいる人たちがいる。これでは彼らが彼らのニーズを自分でコントロールできていない、そして彼らから輸入している私たちも食の安全性などを自分たちでコントロールすることができていない。この現状を世界中の人たちがみんなでコントロールすることができたら、私はそれが最高だと思っています。   個人的にはいずれ貿易は無くなると思っています。自分たちの地域で作れたらより安くより安全なものが作れる、だから例えばアフリカで昆虫を育てて日本に輸入すればいいのではとよく言われますが、私にとってはそれは違うんですよ。今のビジネスでは安く作って高く売るっていうのは当たり前で基本だと思いますが、やはり世界でそれぞれに自立するものを作りたいわけで、トレーディングはしたくないですね。お肉に関しても例えば京都の人が食べる肉は京都で作ったらいいと思っています。ただし現状では飼料の調達など克服すべき難題があるため、昆虫肉でならその世界の実現が可能なのではないかと考えています。現在は昆虫肉の値段が高いのですが、今後『地産地消』『自産自消』が進めば、当たり前のタンパク質として昆虫肉を世界中の人たちと享受できると思っています。   「世界中ひとりひとりの人が自分の体も未来も自分がデザインして歩めるような世の中にすること」。私が今の事業でやりたいことは決して昆虫肉が作ることでも途上国の人が抱える食料問題を解決することでもありません。日本もアフリカもアジアも全員が自分で自分の地域で食料を作れるようになる、自分の体を誰にも脅かされない世の中を作る、そしてその中で意義のある人生を送れるような社会を作ることが私の本当の目標です。   ====================  … More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.4 〜 小田まゆみさん

『聞きたい!この人のお話』 Vol.4 ~ 小田まゆみさん 「子どもたちが自由に生きられる存続的な世の中を作っていきたい。」 May.12.2017 第四回目に登場するのは、Impact Hub Kyoto(以下、Hub) のアドバイザー的存在であり、世界的に活躍されているアーティストである小田まゆみさん(以下、まゆみさん)です。まゆみさんは、現在はハワイ島の『ジンジャーヒルファーム』で瞑想やワークショップを通していのちを大切にした生き方を若い人たちに教えておられます。   ▲Hubのアドバイザー的存在である小田まゆみさん   「かつての日本の精神を取り戻す」 いま、かつて日本人が大切にしてきた書道や茶道といった「道」、それだけでなく、農業に見られるような「真面目に一生懸命に精進する日本人の精神」が外国に暮らす人々の関心を集めているそうです。そして、かつての日本のよさは現代も全てなくなってはおらず、まゆみさんはそれを取り戻していくことを目指されています。 まゆみさんはどのようにかつての日本のよさを発見し、このような取り組みを目指されるようになったのか、その理由をお伺いしました。   「外に出て、日本の精神性に興味を持つようになった。」 結婚を機にニューヨークへ渡られたまゆみさん。結婚生活で感じたことや変化の最先端を行くアメリカの人々との出会いが、日本という国のよさを再発見するきっかけとなったそうです。 結婚生活の中で、西洋と東洋では相容れないと思うことがありました。そんなときに禅を見つけて、アメリカの農場で畑を耕したり瞑想をしたりと、禅の修行を受けました。禅を通して日本の精神性に興味を持つようになったんです。 不思議なことに、アメリカ文化の中で疎外感を感じる人たちが、新しいものとして禅の勉強を始めていました。物資文明の文化ではなく精神性を求める人たちが禅を始めるという動きが、60年代から70年代の終わりにかけてものすごくありました。ビートルズやボブ・ディランが歌を歌ったりしていて。   ▲まゆみさんの作品(ホームページよりhttp://odamayumi.com/)   「私にしてみたら、美術や芸術、音楽が世の中を変える要因は強いです。」 だから、色んな仕事をしてきましたが、もう一度美術に戻り、美術を通して仏教の慈悲や道教の中の自然に対する畏敬の念を伝えられたらと思っています。 それに加えて、『とようけのもり』という農場を奈良で始めて二周年になりました。   ▲二周年を迎えた『とようけのもり』   農業と禅や音楽、芸術には通じるところがあるんです。これはやってみないと分からないから、ぜひぜひやってみてほしいですね。 農業をやると賢くなっていくんです。例えば野菜を育ててみると、スーパーに行って買うだけだと分からないですけど、たくさん勉強しないといけなくなって、ありがたみが分かるようになります。 かつて日本で農業を営んでいた人たちって、畑で一日中働いていたわけじゃないんです。お昼を畑で食べて、お茶を飲んで、ゆっくりした流れの中で四季と一つになって人間が過ごしていました。 日本にかつてあったそうした文化が、高度経済成長の中で失われていった。今の日本人の方がよっぽど働いています。でも、文化ってそんなに発展しなくていいんですよ。 農業も機械化によって変わっていきました。みんなが借金を作って脱穀機を持たなくてもいいはずなんです。一つ脱穀機があったらみんなで使えるわけで。すべて消費社会になっていってます。そのために出るゴミってすごいじゃないですか。 今は里に帰る若い人たちが増えているし、彼らを助け支えていきたい。日本の地域性を豊かにしていた文化に戻れるかは、若い人たちの創造性が重要になってきます。それを支えていきたいですね。   ▲ハワイ島の『ジンジャーヒルファーム』で自然農法に取り組む   「若い人たちが創っていく世界のために、残していく使命感がある。」… More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.3 〜 宮迫憲彦さん

『聞きたい!この人のお話』 Vol.3 ~ 宮迫憲彦さん 「本からアクションが生まれていく。そんな新しい本屋さんを京都で創っていきたい。」 Apr.5.2017   第三回目に登場するのは、Impact Hub Kyoto (以下、HUB)の一角でこだわりのあるセレクト本屋さん「Montag Booksellers」を営む宮迫憲彦さんです。     「これからの出版は京都が中心になる」   岡山県倉敷市で生まれ育ち、大学から東京に出て、大手書店チェーンに就職した宮迫さん。いつどこに転勤するのかわからない生活のなか、子どもが生まれたことが転機になったそうです。そして、宮迫さんが選んだ場所は、東京ではなく京都でした。     「どこで子どもを育てていくのか?」   子どもが生まれたことで、仕事よりも「生活」や「暮らし」の優先度が一気に高くなりました。今のような転勤続きの生活は難しいと思い、転職しようと決めました。それでも本に関わる仕事がしたくて、次は出版社に行きたかったんです。いくつか出版社からお声がけいただいたこともあったのですが、もちろん勤務地は東京でした。「出版社で働くこと」と「東京で暮らすこと」が、ほとんどイコールである、というのがこの業界の特殊性だと思います。   でも、私は田舎で暮らしながら、出版の仕事がしたかったんです。 もう少し暮らしやすい場所で出版の仕事ができたらいいのになとか、東京以外の場所で出版文化が活発になるといいのにな、と思っていました。そうしたら、今の会社(フィルムアート社)で京都に常駐する人を1人募集していたんですね。   インディペンデントの本屋さんが多いというのも京都の特徴です。これからの出版活動の場所としてはすごく魅力的に思えました。それで、京都で働くことに決めました。このようなリモートでの働き方を許容してくれているフィルムアート社は、本当にいい会社だと思っています。効率を考えると当然東京にいたほうがいいわけですから。   ▲Montag Booksellersでは、本に関するイベントも手がけています   「Montag Booksellers」がこだわる本のセレクト 宮迫さんが店長を務める「Montag Booksellers」は、どんなコンセプトの本を選んで置いてあるのでしょうか。 そのこだわりについて聞きました。   私は海外の小説が好きなんですが、ここにはそんな私の好きな本や、このHUBのコンセプトに合わせた本を選んで置いています。 HUBというコワーキングスペースは海外のいろんな国々とネットワーキングされている場所なので、国内よりも海外の本を多く揃えていますし、「資本主義に変わる価値観」や「これからの経済や働き方」や「自給自足」といったコンセプトの本を中心に選んでいます。HUBに魅かれて集まってくる人と、私の興味分野は近いなと感じています。  … More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.2 ~ 宇都宮昌美さん

『聞きたい!この人のお話』 Vol.2 ~ 宇都宮昌美さん 多種多様な活動に取り組むメンバーのサポートや、コミュニティ全体の運営に携わるImpact Hub Kyotoのチームメンバー兼事務局スタッフの役割 Nov.12.2015 第二回目に登場するのは、Impact Hub Kyoto (以下、HUBと表現することがあります)というコミュニティに“欠かせない役割”を担うこの方。多種多様な活動に取り組むメンバーのサポートや、コミュニティ全体の運営に携わるImpact Hub Kyotoのチームメンバー兼事務局スタッフ、宇都宮昌美さんです。 “個人”と“社会”、そして“自然”との、豊かで持続可能な関係性をいかに築いていくことができるかという探求は、私の生活そのものでした 大学では教育学を専攻、タンザニアでの国際協力や屋久島での学習塾経営を経て、Impact Hub Kyotoにたどり着いた宇都宮さんにお話を伺いました。 宇都宮:『実は私、京都に引っ越して来てImpact Hub Kyotoというコミュニティに出会うまで、“ソーシャルイノベーション”とか“社会起業”という言葉さえ聞いた事がなかったんです・・・ 京都に来るまでは、大学卒業後タンザニア、マーシャル諸島、アメリカ、屋久島とあちこちで暮らし、国際協力・教育の分野で仕事をしていました。それぞれの地域社会や自然環境で、1人でゼロから暮らしを築いていく中で、“個人”と“社会”、そして“自然”との、豊かで持続可能な関係性をいかに築いていくことができるかという探求は、私の生活そのものでした。 2014年の夏に京都への引っ越しを思い立ち、何をしようか探索している時にImpact Hub Kyotoに出会ったのは本当に偶然でした。“個人—社会—自然の関係性をより良く変革していく”という活動理念に、『こ、これだ!』というかなりの衝撃と興奮があったのを覚えています。』 そう明るく話す姿は、まさに“人々を惹きつけるHUB”といった印象の宇都宮さん。日本とアフリカという文化も生態系もまるで異なる地域で過ごした旅路の中で、宇都宮さんをその探究心に導いたのはどんなことだったのでしょうか? 宇都宮 昌美 (うつのみや まさみ) 一般社団法人 Impact Hub Kyoto チームメンバー兼事務局スタッフ 愛媛の小さな漁村で生まれ育つ。広島大学教育学部卒業後、青年海外協力隊としてアフリカのタンザニアに派遣され、約3年間現地の中学校で理数科教師を務める。その後、習得したスワヒリ語を生かし、在タンザニア日本国大使館で草の根無償資金の調査・運営外部委嘱員として1年間勤務。 再度短期ボランティア隊員としてマーシャル諸島に派遣されたり、環境教育に興味と必要性を感じ、オーストラリアの大学院入学を目指しながらアメリカと日本を行ったり来て働く20代後半を送る。娘の将来を心配する両親に30までには落ち着きますと宣言し、ちょうど三十路で屋久島にて学習塾「はな丸塾」を開業。5年後、親の病気をきっかけに愛媛に帰り、愛媛の小学校の特別支援学級担任を務めながら実家で暮らすが親の復帰と任期終了を機に、アラスカへ旅立つ。旅の途中「そうだ、京都にいこう」と思い立ち、京都にくる。 宇都宮:『私の故郷は、愛媛の信号もない町の小さな漁村なんです。地域中の、人はもちろんペットの犬の名前まで全部把握しているような環境の中で育ちました。 高校で少し大きな街での下宿生活が始まった時、親元を離れ、全く新しい社会環境の中で生活を営み、世界を広げている感覚がとっても新鮮でワクワクしました。自立して生きる力を磨いている感覚です。それが、生きる力というものを意識し始めたきっかけだったと思います。 タンザニアでは、人の力がはるか及ばない自然本来の姿を目の当たりにしました。もともとそこにある固有の自然に現地の人々が畏敬の念を持ち、時にはあきらめるという事をしながら共存するあり方に感銘をうけました。4年間住んでみて、人間社会と自然との関わり方や折り合いの付け方、共存方法を深く考えるようになりました。… More

『聞きたい!この人のお話』 Vol.1 ~ 嘉村賢洲さん

『聞きたい!この人のお話』 Vol.1 ~ 嘉村賢洲さん 固定概念や様々なノイズを取り除き可能性を引き出すファシリテーターの役割 Sep.8.2015 第一回目を飾るのは、まさにHUBのような「異なる文化・国籍、関心軸のひとたちが有機的につながっていくためのコミュニティ」を運営するには欠かせない、“様々な視点の人々を紡ぎ、挑戦を具体化する専門家”、NPO法人 場とつながりラボhome’s viの代表理事 嘉村賢州さんです! 純粋な願いや潜在的な可能性の顕在化を通じて行動が生まれやすい環境、関係性創出に取り組んでいます 関西圏を中心に、日本全国の様々な企業・行政における新規事業創出や事業支援に携わる嘉村賢州さん。嘉村さんが専門とするのは、人々の関係性の中からそれぞれの目標やプロセスを具体化・顕在化させる“ファシリテーター”という役割。 今回は、なんと年間に150本近く、実に2日に1回のペースで日本中の“人と人”、“組織と組織”の間で多種多様な事業支援に携わる嘉村さんが、現在の活動やHUB というコミュニティに行き着いた経緯、そしてこの先に生み出していきたいことなどについて伺いました。 嘉村:『ファシリテーションのことは、100時間は話せます 笑。 一概にファシリテーションといっても、その活用例は様々で、企業の会議や教育現場、さらには平和交渉や演劇など色々な現場で活用されています。』 現在嘉村さんが代表をつとめるNPO団体”場とつながりラボ home’s vi”は、京都を中心に全国でファシリテーションを行う専門集団。そんな嘉村さんに、活動に込めている想いについて伺うと、 嘉村 賢州 (かむら けんしゅう) 特定非営利活動法人 場とつながりラボhome’s vi 代表 京都大学農学部卒業後、人事・給与システムの営業を経験。地域活性のITプロジェクトにより独立行政法人情報処理推進機構「2004年度 未踏ソフトウェア採択事業」に採択。京都でIT企業を立ち上げる。その後、NPOや社会起業の業界に関心を持ち、2008年に特定非営利活動法人 場とつながりラボhome’s viを設立し代表を務める。京都市未来づくり100人委員会の運営事務局長、京都精華大学人文学部非常勤講師などを歴任。 嘉村:『実は僕、もともとコミュニケーションがとても苦手だったんです。そんな自分自身が苦労していたからこそ思うのは、どんなことでも、人ひとりで出来ることには限界があるということです。そして、だからこそ“人と人の関係性”って重要だと思っています。』 『“ファシリテーション”ってわかりやすくいうと、いつの間にか持ってしまった固定概念や様々なノイズを取り除き、人々が本来持っている潜在的な願いや能力、想いや可能性を最大限引き出すプロセスだと思うんです。 僕は、誰であっても一人一人、潜在的に色んな可能性を持っていると思うんです。だからこそちょっとした願いや、放っておけない自分ごとの関心ごとを大切にしてほしいですし、諦めず追求できる日常、そして社会であってほしいと思います。』 『ただ、そういう気持ちや願いって、色んなバイアスや“社会の常識”みたいなもので蓋をされてしまうことも少なくないと思っていて。だからこそ、様々なしがらみを取り除き、純粋な願いや潜在的な可能性を顕在化することを通じて行動が生まれやすい環境、関係性創出に取り組んでいます。』 人それぞれが持つ潜在的な願いの“自動詞的に連なり”がひろがっていくことに貢献したい 大学在学中から環境会議や国際交流、演劇祭など多様な企画設計に取り組んでいたとい嘉村さん。数年間で1000人をこえる人が行き来したシェアハウスの運営などもされていたのだとか。 その後、大手大企業やITベンチャーを経てたどり着いた現在の活動。その先にどんな未来を描いているのでしょうか。 嘉村:『“一人でできる世界より、誰かとともにつくる世界”… More

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