聞きたい!この人のお話 vol.10 <前編>

身体を通して文化を学び、感性を磨く 学びの場として開催した<ハタラクカラダワークショップ 声と呼吸~能の「謡」に学ぶ~> (全6回・2020年1〜3月)を開催。講師としてお迎えした河村晴久さん(能楽師・観世流シテ方)に、「学び」をテーマにお話をお伺いしました。

前編では、芸の道とアカデミックな学びがリンクした能楽師としてのご自身の学び、そして、長年教鞭をとられている大学での授業についてお伺いしました。 (後編はこちらでお読みいただけます


Profile 

河村晴久/能楽師 観世流シテ方

1956年、京都生まれ。父河村晴夫の教えを受け3歳にて初舞台。13世林喜右衛門師に師事。重要無形文化財「能楽」総合認定保持者。同志社大学大学院修了、同志社大学客員教授等歴任。ハーバード大学やユネスコ本部など海外での英語講演は50回を越える。2005年度文化庁文化交流使。能楽協会京都支部常議員、京都能楽会監事、京都観世会理事、(株)能楽舎代表取締役、伝統音楽普及促進事業実行委員会委員長。六百年を超える能の精神性を体現すべく舞台に励み、また次世代に伝えるため様々な試みに取組んでいる。Facebook「河村晴久」で情報発信も行なっている。


能楽師になられたきっかけは?

父も父の兄弟たちも祖父も能をやっていて、能が生まれた時からそこにありました。初舞台の記憶はないのですが、三歳の時からやっていました。子供のときは、毎日お稽古するのではなく、子供の役がありますので、それを時々に習います。父の働いている姿が日常の場にあるわけですから、本当に自然に能に興味が湧いてきました。兄弟や従兄弟も全員が同じようにやっているんですね。能そのものにとても魅力を感じる環境におりました。舞う機会もある、能面・能装束もある。親は何でも聞いたら教えてくれる。これは面白くて仕方がないですよね。自然にやり始めました。

父は私に跡を継げ、能をやれとは言わず、好きなことだったら良いと言っていました。そこそこの年になってからプロになると言っては手遅れだから、教えることは教えるけれど、好きにしたらいいと。父も兄弟4人が能をやっている中で、祖父に「お前一人くらいは能以外のことをやったらいいやないか」と言われても、やはり好きで能をやっているという人でした。そういう環境でしたから、私も好きにしていいと言われたのですが、結局ずっとやり続けています。

『羽衣』(シテ:河村晴久)

プロとして、この道に行くんだと思われたのは、何歳くらいの時でしょうか。

いくつくらいでしょうね…。中学は推薦で大学まで進めるところでしたから受験勉強をしていない代わりに、謡うことや舞うことは親から習い、楽器の演奏を小学校から専門の先生のところで習い、中学・高校では全部の楽器(笛、小鼓、大鼓、太鼓)を4人の先生のところへ習いに行っていました。ですから、完全にプロを目指すことを、ごくごく自然にやっていたわけです。他の仕事に就くことは全然考えていませんでした。

 

プロになる鍛錬を日常の中で続けていらっしゃったのですね。能楽師が一人前になるプロセスは、どのようにものなのでしょうか。

家によっていろんなやり方がありますし、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方、それぞれに違うプロセスであると思いますが、子どもの時から親から習い、勉強していくという道が普通なんですね。そして、一定の年になったら師匠の家に行く、そこの所属になって勉強するというプロセスを経るんです。学ぶということは真似をすることから始まることなんですね。我々の世界は技術こそ第一ですから、体を鍛えて技術ができなければならないから、理屈なく体を鍛える、そこから始まるわけなんです。型という磨き上げられたものを体につけることは大変なことですが、それで一定のレベル見られるわけですね。そこまでいけるものが、型なのです。

ただやっぱり私自身思うことは、心の部分、気持ちの部分、考え、そういった物がないと本当の感動にはつながらないと思います。一般的には、体で表現できなければ理屈を言っても仕方がないと言われますが、私の父は、そういう風には言わずに、勉強することはどんどんやれと言う人でした。父自身が歴史や文学が好きな人でしたので、この曲がどういう意味とかその背後にあるものなど、色々教えてくれたんです。ですから、子供の時から、謡の意味やあらすじなど話を聞いてからお稽古をしていました。

京都にいると作品の舞台がいっぱい町の中にありますから、子供の時から歴史的なものにとても興味があり、大学では歴史学を勉強しました。やればやるほど面白かったので、大学院まで行きました。生の資料を直接読む、これは昔のどういう人がどういう意味で作ったのか、そういう歴史の見方を色々教えて頂いて、自分が舞う曲の元となった資料をどんどん読んでいました。そういうことをしていると面白くて仕方がないんですね。

アカデミックな学びと、芸を極めていく道が、ものすごくリンクしながら進んだということですね。

そうなんです、すごくリンクしていました。そういう環境があったというのが、今の私のもとなんですね。学校行くのが大好きでしたからね。みなさん、学校は嫌いやったとおっしゃいます(笑)。私にとってはテーマパークみたいなもので、面白くて仕方ないので、色々な授業をとりました。

歴史の研究者というものは資料を基に研究するわけですが、能の演出は変わり続けてきました。なぜ変わり続けてきたかと言うと、その時代の人がこちらの方がいいと思ったからなんですね。能の物語は成長するんですね。史実を元にして能はできている、そこから作品が勝手に動き出すわけです。例えば、平安時代の物語を、中世の人が演じる。そうすると自己運動が起こって変わってくるんですね。そこが面白いところなんです。

能が続いている理由は、昔の人がやったことだけれど、今の人が感動するからなんですね。感動というのは同時代性があり続けるわけですから、今、私がこの肉体を通して舞うと同時代の人がどう感じるのか、常にそこに行き当たります。

 

 

学で長らく教鞭をとられていますが、どのような授業をされるのでしょうか。

能楽師が大学で教える時は実習科目が多いですが、私は普通の講義(座学)を多く担当していて、文化に対する理解を深めてもらえるようなことに取り組んでいます。

今年度行った授業の一例をお話しましょう。一番初めにいうのは、私の言うことは信じるなということです(笑)。批判しろと。なるべく公平なことを言うつもりだけれど、私のフィルターを通して話しているのだから、自分で判断して、私が言っていることをひっくり返しも構わないと。ただ、ひっくり返すのは相当勉強しないとできないから頑張ってねと言います。

その上で、まず初めに、能とはどんなものかを映像も使いながら解説します。実際に河村能舞台を見ていただき、私が一人で実演も交えながら「屋島」という曲について話します。戦争がいかに苦しいか、いかに虚しいかということを描いた曲です。反戦という現代にも通じるテーマを持っているということをお話しします。神と人間、そして、非常事態、極限状態の人間を描いているのが能なのですね。そして、能の歴史を古代から現代までを学びます。単なる知識ではなく、人々は何に熱狂したのかということが大事なのです。

能は、能楽師が生きるために必死になって変革してきたものです。世阿弥の時代は、荒っぽいものでした。江戸時代になって、禄をもらい生活が安定するようになって技術が上がり、端正なものができるようになってくる。ただ、武士の前で演じるわけですから、間違えば切腹もの。そういう中で現代まで続いてきたわけです。近くは父の世代、第二次世界大戦の戦中・戦後、生きるか死ぬか、明日生きているかどうかもわからない、食べ物のない中で能をやっていた。その強さ。今、私はこれだけ幸せな中にいると、父の表現力からは絶対劣っている。それをどうするのか。ハングリー精神をどう持つのか。そういうことを色々、学生さんに話をします。

また、歴史がいかに大切かということも話します。自分が今生きることに向かい合うことなのが歴史だと思いますが、多くの学生にとって歴史とは「覚えるもの」であって、歴史をそのように聞いたことがないわけです。私にとって歴史とは自分が能を表現する、今の人たちに心を伝えるのに、先人がどれだけ苦労してきたかを勉強することになって、そのまま自分の表現につながっています。世阿弥の生まれた年を、私は1364年と書きます。普通は1363年と書いてあるのですが。私は学問的根拠があって、こう考えているということを伝えます。辞書やインターネットに書いてあることを鵜呑みにしてはいけない、正しい歴史などないわけで、見方次第で変わることがあるのだということです。

それから、奈良へ1日がかりでツアーもします。興福寺の南大門の前の猿沢の池で、教室で話したその場所へ実際に行って、謡を謡ったり、舞を舞ったりします。興福寺の国宝館とか東大寺の法華堂、手向山八幡などに連れて行って仏さまを拝んでもらいます。宗教は自由ですから強制はしませんが、外国の学生にも日本人はこうして拝んできたと話すのです。そして、空気を感じてもらうのですね。実際の上演を見たり、能舞台で構えと運びなど表現の体験もしてもらいます。音楽、謡と囃子、風姿花伝などの芸論、現代との関わりでは新作能の紹介や現代の演劇との見比べなどもしています。

一番最後の授業では、能ではなく、クラシックの演奏のビデオを見てもらいます。例えば、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの映像、BBC プロムスのラスト・ナイト・コンサートなど。そして、ラファエル・クーベリックというチェコ・スロバキアの指揮者が指揮した「モルダウ」や「新世界」。祖国への思いの凄さを感じることができます。また、3.11の震災の直後に、イギリスの指揮者がNHK交響楽団と一緒にアメリカで心を込めて「G線上のアリア」を演奏したビデオ。鎮魂の曲ですね。これがまた違うのです、気迫が。こういう映像を見て、芸術とは、祖国とは何か、アイデンティティとは何だろうということを考えてもらうのです。そして、最後に「現代に生きる能の意義 伝統文化の視点から」というテー マでレポートを書いてもらいます。そこに正解はない。

 

半年の授業とは思えないほど、充実した内容ですね。能に親しんでいる人ばかりではないと思いますが、学生さんの反応は、いかがでしたか。

能のことを全然知らない方、興味がなかった人でも、引き込まれてきますね。私も舞台人ですから、教壇に立った以上はぐっと惹きつけたい。能の解説、実演、体験もいいのですが、プロを作るのでないのですから感性を伸ばすことが重要だと思います。

(後編に続く)

 

取材日:2020年3月26日

(インタビュー・執筆・構成:小島寛大)

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