【開催レポート】 岩井吉彌先生『「森のなかに未来を見る」シリーズ①ー 山村に住む、ある森林学者が考えたこと ー』上編
27 10月 2022 - hubkyoto
【開催レポート 上編】
◎山の手入れができていないと、洪水が起こりやすい
我々人間社会は森からいろいろな恩恵を受けています。最近、私が非常に懸念するのは、日本のあちこちで洪水が起こり、川の氾濫が頻発していることです。もちろん、環境の変化が大きな原因だと思いますけれども、それに付け加えたいのが山の荒廃です。森が健全であれば、土砂が流れ出るのを防ぎ、緑のダムの機能を果たすわけですけれども、今、森が荒れてしまっている。

例えばスギやヒノキの林は、日本の森林の約40%を占め、比較的人里に近いところに植林されているのですが、植えっ放しにしておくと、どんどん密になって、葉っぱ同士が重なってくる。そうすると、日光が入らなくなって、草も生えてこない。
雨が降っても、草があると、根っこが張っているから土壌が流れにくいわけですが、草がないと表土がどんどん流れてしまう。しかも、真っ暗なところには動物も住みにくい。例えば、ミミズがいなくなると、土壌の中の空隙が少なくなって、雨水が吸収されずに谷川に流れていく。同時に土砂が一緒に流れるから、過去と同じ雨量でも、河川に出てくる水量はものすごく水位が高くなって、簡単に洪水になるわけです。

密になった山の豪雨の跡に行ってみると、木の根っこがいっぱい表に出てきている。それだけ下流に土砂が流れてしまっている。5年ほど前でしたか、嵐山の料理旅館が水浸しになった。あの川の上流に私の山があって、そこからどんどん土砂が流れ込んで渡月橋あたりに堆積する。川底が上がってくるわけです。大きな石は流れずに途中で止まって、そこに砂利などがどんどんたまる。あのあたりは今も川底の浚渫(しゅんせつ)工事をやっています。
京都市に流れている鴨川とか桂川の上流は、全部森林地帯です。山が荒れると、鴨川の河床も、桂川の河床もどんどん上がって、洪水の危険度はどんどん上がってくる。これは京都市だけではなく、日本全国で起こっているゆゆしき問題です。

こうなるのは、山の手入れができていないからです。間伐をしてやると、葉っぱの間から日光が入ってくる。日光が入ると、下層植生して、草や小さい木がいっぱい生えてきて、土壌が流れないように根っこで縛りつけるわけですが、こういう手入れが、京都の山だけでなく、日本全体ができていない。
これは、山林所有者が木材生産をする気がなくなってきたからです。今から40年か50年前にスギの木を植えた時は、まだ林業の採算が成り立つと思って植林し、手入れもある程度してきたのが、この20~30年ぐらい前から、こんな手入れをしてもあかんわという状況になってきた。

◎日本の林業とフィンランドの林業のコストを比較すると
日本の林業がなぜあかんかという話をするために、日本の林業とフィンランドの林業のコストを比較してみます。
まず、森づくりのコストは、日本は280万円かかるのに対して、フィンランドは30万円しかかからない。10倍近い差がある。日本はスギやヒノキ、フィンランドはヨーロッパトウヒとかヨーロッパアカマツが中心ですけれども、森をつくるのになぜこんな差があると思いますか。
森づくりのコストの差を広げている大きな要因は気候の違いです。フィンランドは日本よりもはるかに冷涼で、夏でも寒い。それから雨量が少ない。そうすると雑草が生えてこない。下草刈りをほとんどしなくてもいい。
日本は、梅雨から7月にかけて下草刈りをしなければいけない。これにむちゃくちゃコストがかかるけれども、下草刈りを3年間しないと植えたスギは雑草に覆われて全部枯れてしまうのです。
日本とフィンランドの林業のコストの差をつくっているのは、そういう気候の差が大きい。

もう1つ大きな差があります。日本ではスギやヒノキの森を作ろうと思えば、必ず植林をしないといけない。昔は勝手に天然のスギが生えてきたのですが、今は100本に1本も生えてこない。雑木、雑草がいっぱい生えて、自然に放っといたのでは、スギやヒノキの林にならないわけです。
ところが、ヨーロッパ、フィンランドなんかに行ったら、例えば針葉樹のトウヒとかアカマツを切っても、切った後に種が飛んできて勝手に生えてくる。雑木、雑草が生えないから、生えてくる木が負けない。もちろん植林したほうが早く大きくなるなどいろいろメリットがありますが、植林しなくてもいい山がどっさりある。
これを「天然更新」と言います。日本でもアカマツは天然更新が可能で、アカマツを切ったら、どこかから種が飛んできて、いっぱいアカマツが生えてくる。だけど、残念ながら今は松くい虫にやられるから、20年ほどしたら枯れてしまう。岩手県とか寒いところへ行くと、アカマツもわりと天然更新ができるけれども、このあたりでは全然できない。

それから、日本は急峻だから伐採・搬出コストが300万円もかかるけれども、向こうは3分の1以下で済む。丸太の値段は日本でもヨーロッパでもほぼ同じで、だいたい400万円近く。ここから森づくりのコストと伐採・搬出コストを差し引きすると、日本は190万円の大赤字。フィンランドは270万円のプラスで、林業経営が成り立っている。
これはウッドショックになる前の話で、ウッドショック後は日本でもちょっと上がって、多少マイナスは少なくなった。けれども、結局、日本とフィンランドには、400万円以上の差がある。

◎林業なんかやってられるか
フィンランドだけではなく、ドイツ、スイス、オーストリア、フランス、スウェーデン、シベリア、アメリカ、カナダ、ニュージーランドは、だいたい30万円で森づくりができる。日本では国から森づくりの補助金が7割ぐらい出ている。それを加味しても10万円か20万円のプラスしか出ない。そうすると、林業なんかやってられるかという話になる。生業としてやっているわけですから、プラスが出ないことにはどうにもならない。

今、日本で一番木材の伐採量が多いのは宮崎県です。日本で一番たくさんスギを伐採している。伐採した後、植林している割合は統計上3割。実際はもっと少ないと思います。植林するだけ損するからです。
経済原則からいえば、伐採した後は植林しないのが一番合理的。だから、手入れをする気もなくなって、そうすると、洪水も起こりやすくなる。こういう悪循環になっているのが日本の現在の状況です。
もちろん日本でも、全部の山がマイナス190万円になるわけではない。マイナス50万円の山もあれば、生産の対象にならない森もいっぱいあります。なぜかというと、もっと大損するからです。

◎日本の木材はクオリティでも負ける
日本の木材がなぜ外国の木材との競争に負けるか。1つはコストですが、それ以外に負ける要因はないかと考えて、アメリカの国際的な製材工場を何社か回って、「どこへ販売しているのか」と質問しました。
製材品のグレードを5段階に分けて一番いいのはどこに売るのかと聞くと、全部日本向けです。2番目は、英国、フランス、ドイツ、ヨーロッパの先進国向け。3番目は、香港、台湾、シンガポール、アジアの先進国です。これは何十年前の話で、中国はまだ出てこない。4番目は、アメリカ国内。5位は湾岸諸国、中近東。ここは何でも買ってくれるからピンからキリまで全部売り切るという。
日本に送る木材は、年輪が細かく、節が少なく、色つやのいいものばかりセレクトするという。もちろん高い。日本は高くても買ってくれる。どこの工場で聞いてもそう言う。
シベリアでも「一番いいのは全部日本向けだ」と言います。カナダへ行っても同じことを言う。東南アジアもそうです。インドネシアへ行くと、「いいラワンは全部日本へ送る」と言う。
アメリカから木材を仕入れている東京の大手の住宅メーカーに「なぜ日本は一番いい木材を使うのか」と聞いてみました。すると、「施主が現場を見に来た時に、節のある柱を使っていたら、『これは傷物だ。替えてくれ』と言われる。それなら初めからクレームの出ない木材だけを入れたほうがいいからだ」と言うのです。

こんなふうに日本は世界の林業国から一番いい木材を選んで輸入している。そうすると、日本のスギやヒノキは、クオリティで負けるわけです。吉野杉のような上等の木材は日本の中で1%ぐらいしかない。日本の林業のほとんどは戦後に始まったもので、枝打ちもそれほどしていないし、していても下手です。温暖多雨だから、早く成長して太くなる。60年でできる。外国は90年。日本の木材はそれだけ年輪が粗いわけです。枝打ちもしていないし、早く大きくなるので枝も太い。枝が太くて、節が多くて、年輪幅が粗いとなったら、外国の木材にクオリティでも負ける。値段でも負ける、コストでも負ける。
こう考えると絶望的な話になってくるわけです。多少は極論かもしれないけれども、大まかな傾向としてそう言えると思います。そういう中で林業をやるのは大変苦しいことは間違いない。だから山が放ったらかしになる。
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次回の「開催レポート 下編」では、
・バイオマスは林業の救世主か
・日本におけるグリーンツーリズムの可能性
・趣味としての林業、あるいは木材以外で収入を得る工夫

を配信いたします。

どうぞ、楽しみにお待ちくださいませ♪

【講演者紹介】
●岩井吉彌
昭和20年京都市生まれ。昭和43年京都大学農学部林学科卒業、平成5年京都大学農学部林学科教授。平成21年退官。
著作は「京都北山の磨き丸太林業」「日本の住宅建築と北アメリカの林産業」「ヨーロッパの森林と林産業」「竹の経済史」、ほか編著・共著多数。
研究テーマは林業経営、山林相続税、木材産地形成と製材、北アメリカ林業と林産業、林業史、木材消費、木材流通、磨き丸太産地、竹産業、木材内装業、ヨーロッパ農家民宿、グリーンツーリズム、住宅産業、パルプ産業史、林業の国際比較、外材輸入、ヨーロッパの林産業。
『山村に住む、ある森林学者が考えたこと』

著者:岩井吉彌|定価:1,650円(税込)|大垣書店刊
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