【開催レポート】岩井吉彌先生『「森のなかに未来を見る」シリーズ①ー 山村に住む、ある森林学者が考えたこと ー』下編
27 10月 2022 - hubkyoto
【開催レポート 下編】
◎バイオマスは林業の救世主か
ところが、最近は、林野庁がバイオマス発電は林業の救世主だと言っている。本当だろうか。
木材のグレードで、一番クオリティが高いのは建築用・家具用材です。その次は合板などにする加工木材。次はパルプ。一番グレードが低いのがバイオマスです。本来はバイオマスというのは、産業廃棄物を使って燃やすのが原則です。日本で今一番多いバイオマスの原材料はヤシ殻で、インドネシアあたりから入ってくる。中の実とか油を取った後の殻をただでもらって日本で燃やしている。バイオマスに使う木材も建築用材の3分の1ぐらいで、ますます採算が合わない。日本の山を全山バイオマスにしたら、伐採の後、誰も植林しない。丸裸や。そうなるとますます洪水が起こる。
バイオマス発電はいいことですけれども、日本の林業とくっつけた場合は、非常に問題が多い。そういう認識があまり日本ではされていないことが大変大きな問題だと思います。

◎日本におけるグリーンツーリズムの可能性
では、日本の森はどないしたらええんやと。私もいろいろ研究したけれども、なかなか良い案がない。けれども、日本人の森の接し方と外国人の森の接し方とは大分違う。そういう視点から日本の森のあり方を考えていかなければいけないだろうなと思っています。

林業だけでは山村がなかなか成り立たない中で、グリーンツーリズムの研究に取り組んだことがあります。農山村で民宿をやって副収入を得ながら森林を維持し、林業を維持できないだろうかと。日本では畜産農家の多い十勝で、ヨーロッパでは、オーストリアとドイツの山村で聞き取り調査をした中で、日本人と外国人の森の接し方の違いがわかってきました。

これは、本に書いてあったことですが、ドイツ人と結婚した日本の女性が、ドイツに住んで間もなく近所の友達から「ティータイムに来ないか」とお招きを受けた。行ってみたら、近所の主婦が数人集まって、わいわいがやがやしゃべって、大変楽しい。それが済むとみんなで森歩きを30分ぐらい。大変気持ちがさわやかになって、喜び勇んで帰ってきた。1週間後にお招きがあったので、また喜び勇んで行った。すると同じようにメンバーが集まって、同じようなティータイムがあって、同じように森歩きもした。ところが、2月後も、3月後も全く同じ繰り返しで、森歩きも全く同じコースを歩くので、「こんなん、私、嫌や。何が楽しいんや」とギブアップしたそうです。違うコースならまだしも、年中同じコースを歩く。日本人はそういう森歩きには耐えられないわけですよ。

それで、若い人がたくさん泊まる十勝の農家民宿で「泊り客が何をしているのか」と聞いてみました。すると、1泊の人は何もしない。北海道観光の途中でホテル代わりに使っている。2泊する人は乳しぼり体験。周りにいっぱいカラマツの林があるけれども、「そんなところを歩く人は誰もいない」。日本人は森に全然関心がないわけです。

オーストリアの山間部の農家民宿では1週間以下の予約は受け付けない。普通は家族で来て2週間以上滞在する。その間、何をしているかというと、一番多いのはサイクリング、2番目はバンデリング。散歩です。コンビニも観光地も何もなく、行くところといったら、鹿肉を出すレストランが1軒だけ。

ヨーロッパでは日曜大工がものすごく盛んです。日曜大工の巨大な店があって、そこで木材を買って日曜大工をする。それで、ヨーロッパの人は「これはシラカバだ」「これはスプルースだ」と木の名前をよく知っている。イチゴ採りに行ったり、森との関係が深い。日本人の森の接し方とヨーロッパ人の森の接し方はかなり違う。だから、グリーンツーリズムを日本にそのまま取り入れてもなかなか根づかないだろうなと私は思いました。

◎趣味としての林業、あるいは木材以外で収入を得る工夫
それでは、日本の森をどうするか。
最近私たちの村の中で、時々都会の人が山を買っています。私の持ち山の隣にもそういう人がいるのです。1人はサラリーマンを定年退職した人で、山を買って、自分で枝を打ったり間伐したり木を植えたりして、毎日来ている。大阪の茨木からわざわざ車で通って、我々の山よりもずっときれいに手入れしていて、「こんな楽しいことはない」と言う。こちらが恥ずかしくなります。
もう1人は、京都の会社の社長さんで、社員のレクリエーションのために山を買って、日曜のたびに社員を連れて山に遊びに来る。昼はバーベキューをやって、木を切って薪をつくったり、山の下草を刈って、みんなで汗をかく。そういうことを楽しんではる。
これは趣味的な林業ですね。そういう人たちの山を見ると、本当に我々が恥ずかしくなるぐらいきれいに手入れしてある。「好きこそ物の上手なれ」とはよく言ったもので、山の維持管理では、山林所有者は頼りにならない。みんなほったらかしですから。

最近はテレワークをやりながら田舎に住む人がいるそうですけれども、そういう形で仕事の合間に山の手入れをする人もこれから出てくるのではないかなと思います。既にアメリカのフロリダ半島あたりでは、ニューヨークで定年退職した人が山を買って林業をやっていいます。年金があるから、儲けなくてもいいわけです。30年ほど前から趣味で林業をやるという現象がありまして、日本にも遅ればせながらそんな現象が出てきたのではないかなという感じがしますね。

実は私たちの北山の林業もだんだん衰退してきて、もう山だけでは生活できない状況になってきたので、村おこしでいろいろな工夫をしているわけです。葉っぱを金にするとか、山菜を栽培するとか、薬用植物を栽培するとか、木材以外で収入を得る工夫をどんどんやっていかないと林業はできないなと。
今、葉っぱの産業では徳島県が有名ですね。柿の葉っぱやもみじの葉っぱを例えば京料理のつまにする。あれも1つの方法だと思います。そんなふうに、都会の人が山を持ち、楽しみで林業をやる、あるいは木材以外で収入を得る工夫しながら林業をやることは、これから増えてくるだろうなと思います。

山が欲しい人は幾らでも紹介してあげます。売りたい人がいっぱいいるのです。私も、この2年間で50ヘクタールぐらい仲介しました。今、山の値段はものすごく安い。裸山だったら1ヘクタールが数万円。木が生えていたら50万円ぐらいかな。希望の方はいつでも言ってください。
また、山の手入れの仕方などが分からなかったら、森林組合という農業の農協みたいなところで何でも教えてくれる。お金はかかりますが、手入れもしてくれる。森林組合を利用することによって市民の方が山林を持つことも、これからはたやすくなるのではないかなと思います。

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【講演者紹介】
●岩井吉彌
昭和20年京都市生まれ。昭和43年京都大学農学部林学科卒業、平成5年京都大学農学部林学科教授。平成21年退官。
著作は「京都北山の磨き丸太林業」「日本の住宅建築と北アメリカの林産業」「ヨーロッパの森林と林産業」「竹の経済史」、ほか編著・共著多数。
研究テーマは林業経営、山林相続税、木材産地形成と製材、北アメリカ林業と林産業、林業史、木材消費、木材流通、磨き丸太産地、竹産業、木材内装業、ヨーロッパ農家民宿、グリーンツーリズム、住宅産業、パルプ産業史、林業の国際比較、外材輸入、ヨーロッパの林産業。
『山村に住む、ある森林学者が考えたこと』

著者:岩井吉彌|定価:1,650円(税込)|大垣書店刊